『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス)ほか

リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』を読み直している。その過程で、訳者の垂水雄二氏の『進化論の何が問題か』を読み、多くの気づきが得られたので紹介したい。

この本は、進化生物学者にして稀代の文筆家・科学啓蒙家であるドーキンスとグールドの論争を軸に、進化論を様々な側面から紹介している。

私はこれまでグールドの著作に親しんできたが、彼の生い立ちを意識せずに読んできた。それを知ることは、グールドが何にこだわって書いてきたのかを理解する助けになることを知る。垂水氏によると、彼はハンガリー移民の子孫としてニューヨークの片隅で育った。長じてエルンスト・マイヤーの後継となる。一方、ドーキンスはアフリカで生まれ、貴族の末裔としてイギリスで育った。彼の師は動物行動学者のティンバーゲンであった(ドーキンスの著書によって、動物の行動も(淘汰の結果としての)遺伝子によって方向付けされている、という当たり前の事実に改めて気づかされた)。

それぞれが生活する国の宗教的な事情が異なっていたことも、二人の違い生み出す一つの要因となったようだ。グールドが生活したアメリカは聖書の内容を重視する福音派プロテスタントが優勢で(大統領選挙にも影響するという)、ドーキンスが生活したイギリスは科学的事実に対して比較的寛容な国教会が優勢であった。

二人は互いの著書で激しい論争を展開してきた。ドーキンスの決定論的・還元論的な視点に対して、グールドの全体論的・非決定論的な視点という相違がある。しかし、著者の考えでは、二人はみかけよりもそんなには違わない。二人ともダーウィン進化論を指示し、創造論に対して批判的である。そしてリベラルな傾向は共通している。

このリベラルということに関して、著者の定義が秀逸だった。
「…なにをもって政治的な左派ないしはリベラル派と呼ぶのか、意見のわかれるところだろう。私の定義は単純で、人間社会における社会的・経済的格差の縮小をプラスの価値とみなす態度の持ち主のことである」

そして著者の立場があきらかにされる。
「人間の心のなかに他者を思いやる心が生得的にあるというのは喜ばしい話だが、自らの帰属集団のメンバーに対してのみ親切で、その他のメンバーには敵意をもってするのであれば、それは形を変えた利己主義にほかならない。普遍的な利他主義というリベラルな目標を達成するためには、帰属集団を国や民族を越えて拡大し、全人類を自らの帰属集団とみなすような考え方が必要になる」

「ところが、人間は普遍的な社会で育つわけではなく、個別の地域社会のなかで特有の道徳的・倫理的な習慣をすり込まれて育つので、人種や民族の壁を越えることは、きわめてむずかしい。政治的リベラリズムの究極の目標はほとんど実現不可能と言っていいのかもしれない。そのうえ、それが本当に正しいという科学的な根拠は存在しない。あくまで、それは一つの倫理的判断でしかない。しかし私は、ドーキンスとグールドの同時代人として、彼らのリベラリズムという選択を是とするものである」

私も著者の考えを支持する。

これから二人(ドーキンスとグールド)の著作を読もうという方には、垂水氏の本は入門書としてオススメしたい。内容は決して平易ではないけど、知的な刺激が得られる、という意味で。

(この章 つづく可能性あり)
プロフィール

桃姫の飼い主

Author:桃姫の飼い主
南極大陸を横断したグリーンランドハスキー犬『キンタ』を曾祖父に持つ由緒正しい駄犬『桃姫』とその飼い主が綴る、北の空の観天”呑気”

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宣言:「私は原子力を利用しない世界を求めます」

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