『鳥を描き続けた男 鳥類画家小林重三』(国松俊英著、晶文社)

鳥を描き続けた男

小林重三(しげかず)は明治〜昭和に活躍した鳥類画家。本書は個人の評伝ではあるが、それだけではなく、同時期の日本鳥学会の旗揚げに関わった人々が多く登場し、その歴史を俯瞰できる内容となっている。

小林は1887年に福岡小倉にて生まれ、1975年に神奈川県藤沢市に没した。日本の鳥の三大図鑑といわれる、黒田長禮『鳥類原色大図説』、山階芳麿『日本の鳥類と其生態』、清棲幸保『日本鳥類大図鑑』のすべてに鳥類画を描いた画家として知られる。

日本の鳥類学の創生期を牽引した人々を少し紹介したい。ほとんどの人が華族の出身で身分が高く、経済的に恵まれていた。華族と聞いてピンと来ないかもしれないが、本書ではその辺りも丁寧に解説されていて分かりやすい。

・黒田長禮(ながみち)は九州福岡藩・黒田家の第14代当主、…殿様ですね。

 祖父・長知(筑前福岡藩の最後の藩主)の代から羽田に鴨場を所有していて、幼少より鴨猟で遊ぶ。現在、羽田空港が在る辺りのこと。長男の長久氏も山階鳥類研究所・所長などを務められた鳥類学者で、我々には長久氏の名の方がなじみ深い。

・松平頼孝(よりなり)は府中松平家藩主の子で子爵。

 この人はお金の使い方は凄かったらしい。動物採集家の折居彪二郎(おりいひょうじろう)らに依頼して大量の標本を収集したという。しかし、元あった莫大な資金は鳥類趣味や遊興に使い果たしてしまい没落。

 琵琶湖畔にいた小林に鳥の絵を描かせるために東京に呼び寄せたのが、この松平子爵。書斎にはイギリスから取り寄せた鳥類の図鑑が多数あり、小林もそれで学んだという。どんな画家の本があったかというと、

  ・ジョン・グールド John Gould (1804-1881)
  ・トマス・ビューイック Thomas Bewick (1753-1828)
  ・エドワード・リア Edward Lear (1812-1888)
  ・アーチボルト・ソーバーン Archibald Thorburn (1860-1935)

 → Bewickは銅板ではなく小口木版で描いた!!
   今回はBewickの小口木版を知ったことが一番の収穫だったかも。
 → 小林はThorburnがお気に入りだったそう。

・山階芳麿(やましな よしまろ)の山階家は、天皇家のご親族にあたる皇族の一つで、芳麿は宮家の第二王子として生まれた。彼が収集した標本や資料は奇跡的に戦災から免れ、現在は山階鳥類研究所に引き継がれているという。

・蜂須賀正氏(はちすか まさうじ)はかなり異色の鳥類学者だ。阿波藩主・蜂須賀家第16代の当主。ケンブリッジ大で学び、絶滅鳥ドードーの研究で北大から学位を得た。生物分布境界線・蜂須賀線として名を残す。一言で表すと、破天荒ということになるのか。メッチャ面白い人。 祖父は徳島藩知事、後に侯爵となった蜂須賀茂韶。北海道雨竜町の蜂須賀牧場を経営し、小作人との訴訟で知られる。

・清棲幸保(きよす ゆきやす)は信濃国松代藩第11代藩主・真田幸民の末子(三男)として生まれる。伏見宮邦家・清棲家教伯爵に養子として迎えられ、清棲姓を名乗る。
【追記】真田姓でお気づきの方もおられるかも知れないが、松代藩初代藩主は現在、NHK大河ドラマにて出演中の大泉洋演じる真田信之。歴史の流れを感じる。

最後に大下藤次郎について、ちょっとだけ。大下は美術雑誌『みづゑ』の創刊者。透明水彩による素晴らしい風景画の数々を描いただけでなく、描法自体を世に広めることに尽力された方。大下は小林の絵の師であったという。その辺りも本書に詳しい。小林も終生、風景画家であったという。

大下藤次郎_みづゑ
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桃姫の飼い主

Author:桃姫の飼い主
南極大陸を横断したグリーンランドハスキー犬『キンタ』を曾祖父に持つ由緒正しい駄犬『桃姫』とその飼い主が綴る、北の空の観天”呑気”

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宣言:「私は原子力を利用しない世界を求めます」

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