世界が生まれる場所

・アーカイブについて
例えば、職人の技をアーカイブに記憶する、というプロジェクトがある。職人が高齢化し、技術が伝承されていかないことに危機感をもった人たちが、苦肉の策として取り組んでいるらしい。それはそれで大切な仕事だと思う。

しかし、技を使うのは職人であり、作品を生み出すのは人間であって、アーカイブではない。結局、技を使う人間が”その位置”まで到達しないと、新しいものは生まれてこない。そこがとても重要な点だと思う。

・人間の眼について
植物や動物などを描く博物画というジャンルがあるが、画家達はそれをどのように描いているのだろうか?

昨今ではデジタル画像を容易に入手でき、それらを利用して主題の下絵を準備することも可能だろう。しかし、それらを利用してそれなりの絵が描けたとしても、それが何って感じ? 手っ取り早く「商品」は完成するかもしれないが、所詮コピーはコピーであり、コピーから新しいものが生まれてくるとは思われない。

妙な言い方になるが、新しいもの(あるいは世界)は人間の眼の中から生まれてくるんじゃないか、そんなふうに感じている。何かを作る人間にとっては、自分の眼がどこまで深く対象に近づくことができるかが重要で、その課程の中からしか新しいものは生まれてこないんじゃないか。

…とかなんとか、今朝はトイレの中でそんなことを考えていた。
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桃姫の飼い主

Author:桃姫の飼い主
南極大陸を横断したグリーンランドハスキー犬『キンタ』を曾祖父に持つ由緒正しい駄犬『桃姫』とその飼い主が綴る、北の空の観天”呑気”

なお、ブログ中の拙い写真・絵画イラスト・文章等の著作権は放棄しておりませんのでご留意ください。

宣言:「私は原子力を利用しない世界を求めます」

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