Vickers Vimyの夢 Ⅰ

翼よ、アレに見えるのは百年記念塔じゃ。

Vickers Vimyの夢 Ⅰ

Father of the Antoinette

Aviation p142

Leon Levavaseurはエンジンの開発者、飛行機の設計者である。
彼が開発したV8エンジンや飛行機には、会社の出資者であるJules Gastambideの娘の名に因んで、
Antoinetteという名が付けられた。
Levavasseur_6.jpg


Antoinette Ⅳは、エレガントと形容されるほど美しい飛行機である。
紹介している本書 "Aviation"の表紙を飾っているのもAntoinette Ⅳ。

Aviation: The Early Years: The Hutton Getty Picture Collection (Early Years (Konemann))Aviation: The Early Years: The Hutton Getty Picture Collection (Early Years (Konemann))
(1998/06)
Peter Almond

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この飛行機は、前掲のHubert Lathemがイギリス海峡の横断に挑戦した時に使用した機である。
彼はAntoinetteの専属パイロットであったらしい。

Leon Levavaseurの飛行機は、先の海峡横断レースでは負けてしまったが、1909年8月のパリでの開催された競技会では、
高度記録で優勝し、スピード記録で2位を獲得するなど、幾つかの成功を収めている。

Looping the loop

Aviation p116_117

飛行機が頑丈になるにつれ、飛行機乗り達はより過激になっていった。

Adolphe Pegoudは1913年9月2日、世界で初めて宙返り飛行に成功する。
(正確にはロシア人パイロット:Lieutenant Nikolaevichが最初とされるが…)

Brooklandでこの曲芸飛行を繰り返した時、観衆の多くは地べたに寝転がって見ていたという。
使用機は、強化されたBleriotの単発機であった。

この人、笑顔がカッコイイね!

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Alpine Tragedy

Aviation p100_101

ひとりぼっちで、小さくて遅い飛行機が、アルプスの山を越えようとして、
高度を稼ぐためにもがいていた。

ペルー人のGeorges Chavezは1910年9月、
スイスからイタリアに向かってアルプスを越えようと、初めて試みた。
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Bleriotがイギリス海峡を横断して一年が経とうとしていた。
世界の飛行機乗りの間では、アルプス越えができるところまできているんじゃないか、
と期待されていたが、それまで誰一人としてトライした者はいなかった。

ChavezはスイスのBrig(ブリッグ)から飛び立ち、イタリアのDomodossola(ドモドッソラ)の
Simplon Pass(シンプロン峠)までの飛行に成功した。
しかし、着陸に失敗し、その三日後に亡くなった。
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Across the Channel

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Daily Mail 新聞社のLord Northcliffeは、
イギリス海峡を初めて飛行機で横断した者に£1,000の賞金を与える、とブチ上げた。

初飛行のWilbur Wrightが最右翼と目されたが、
彼はそのようなリスクを回避し、飛行機を売る方に専念した。

しかし、それはヨーロッパの飛行機乗りの流儀ではなかった。
1909年7月までに3つのチームがフランス側からトライすると名乗りを上げた。

・Charles de Lambert 彼は二機のWright Flyerを所有していた。
・Hubert Latham フランス生まれでイギリスで教育を受けた。華麗なAntoinette Ⅳ単発機を所有。
・Louis Bleriot フランス人、Bleriot Ⅵ号機の支払いに多額の借金を抱えていた

De Lambertは練習中にクラッシュし、早々とリタイアした。

Hubert Lathamは期待されていた。
7月19日の早朝、彼が飛ぶという時には、ドーバーの町は人で溢れ、港からはボートが流れ出てきた。
しかし、飛行機が距離7マイル・高度300mに到達する頃、エンジンの不調に気がつく。
飛行機は滑空し、穏やかに海面に不時着。
彼はレスキューされるまで煙草を吹かしていた、という。
不時着

Louis Bleriotの番が来た。しかし、彼はあまり期待されていなかった。
小さい男で、すぐれた操縦者でもなく、また商売が下手なビジネスマンだった。
彼の飛行機は馬力が足りないようにみえたし、機体も小さく、試運転も不足しているように思われた。
クラッチまわりはぐらぐらしていたし、数日前のテストで脚にやけどを負って治療中だった。

1909年7月25日の夜明け間もなく、4時35分に離陸、時速40マイルより遅いスピードで海峡に進路を向けた。
10分もすると岸からは見えなくなった。
それから彼は、ドーバーの方に浮かんでいる船を目印に飛んでいった。
風に吹かれてコースを外れてしまったが、ドーバー城近くの崖の割れ目を見つけ、牧草地に着陸した。

彼は世界で初めてイギリス海峡を飛行機で横断した人間として歴史に名前が刻まれた。
イギリスでもフランスでも熱狂的に迎え入れられ、突如としてヒーローになった。

出発前のLouis Bleriot。
あまり幸せそうに見えないのは、数日前の飛行でやけどした脚がまだ痛んでいたのと、
自分もライバルのように海に不時着するんじゃないかという不安が頭によぎっていたためと思われる。
Louis Bleriot

(追記)
その後、ウィキペディアなどの資料を読んで、このイギリス海峡を横断する人間群像
に対するイメージは大きく変わったことを記しておきたい。

Hubert LathamLouis BleriotLeon Levavasseurらはそれぞれ複雑に絡み合い、
豊穣な航空史初期の時代を築き上げていった。
飛びたい!という強烈なPassionを持ち続けた羨望の男達である。

Louis Bleriotについて、”商売が下手なビジネスマン”と訳したが、とんでもない。
車のヘッドライトを開発して儲けたお金の大半を、飛行機の製造につぎ込んだ、めちゃ熱い人だった。

Louis Bleriotが海峡を渡ってイギリスに着いた時、当時の税関は船による入国しか許可していなかった。
仕方がないので、Louis Bleriotは船長、Bleriot ⅩⅠ号はヨットと記録して許可したのだという。

色々読んで調べてみないと分からんことが多いなぁ。
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桃姫の飼い主

Author:桃姫の飼い主
南極大陸を横断したグリーンランドハスキー犬『キンタ』を曾祖父に持つ由緒正しい駄犬『桃姫』とその飼い主が綴る、北の空の観天”呑気”

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宣言:「私は原子力を利用しない世界を求めます」

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